鴨神社 地鎮祭 初宮 七五三 安産 厄除ほか お問い合せ・神事何でもご相談:電話 072-692-2355 (北川宮司宅)  鴨神社所在地: 〒569-1146   大阪府高槻市赤大路町42-3  子安天満宮所在地: 〒569-1146   大阪府高槻市赤大路町11-12

鴨神社 大阪府高槻市
 2016.4.6更新
 平成28年春季大祭案内


地鎮祭 初宮 七五三 安産 厄除ほか
お問い合せ・神事何でもご相談:
TEL: 072-692-2355
(北川宮司宅)

鴨神社所在地:
〒569-1146
大阪府高槻市赤大路町42-3

子安天満宮所在地:
〒569-1146
大阪府高槻市赤大路町11-12
摂津三島の元氏神 〜鴨と三島の合祀

その後、4世紀末の仁徳天皇(在位393−427)の時代に百済から武寧(ぶねい)王の斯麻(しま)王、つまり御嶋(三島)の神が渡来し(注1)、「津」つまり、現在の津之江や三島江の方から北へと勢力を伸ばしてきたのです。その間、三嶋族は先住勢力の鴨族と共生する時代、があったと思います。その後三嶋氏は勢力を伸ばして摂津の国の県主(注2)となり「鴨神社」と合祀して「三島鴨神社」とし、摂津国(注4)の氏神として強大な支配力をつけていったのです。その力に押されるようにして、鴨一族は継体天皇(507即位−531没)以後、滋賀や福井などへ勢力を広げる布石を打ち始めたのです。

ですから、当社の原始は鴨族を祀る「鴨神社」、後に三嶋一族の「三島鴨神社」となり、現在「鴨神社」または「三島鴨神社」と称しているわけです。一方、三島江の「三島鴨神社」は元々「三島神社」と称していたと言われていますが、鴨族の衰退とともに何らかの事情で赤大路の「三烏鴨神社」の名称、がそのまま移されたのです。式内社(注3)として「摂津国嶋下郡の三島鴨神社」と記されているのは嶋上郡に位置した三島江の「三島鴨神社」ではなく当社の「鴨神社」なのです。式内社は地形的に安定した場所にあることが多く、三島江の「三島鴨神社」と比較すると当地は海抜26mに位置し、5000年以来地形が変わらない安定した場所です。安威川よりも、女瀬川よりも地形が高く、特に赤大路は縦に長い所で川に浸蝕されることがなかった安定した土地でした。

また今なお、赤大路の鴨神社は「上の宮」と一言われ、三島江の三島鴨神社は「下の宮」と称されています。三島鴨神社の祭神は「大山積(祇)大神」(おおやまつみのおおかみ)と「事代主神」ことしろぬしのかみ。当社の祭神は鴨氏の先祖の「鴨御祖大神」と「大山積(祇)大神」、その両親である「伊弉諾尊」、「伊弉冉尊」。
「事代主神」は大国主の子で、当社創建時のご祭神は初代神代の3番目「鴨御祖大神」ですから、三島鴨神社は鴨神社の後で招かれた渡来神なのです。

(注1)
「伊予風土記」に「百済の国より渡り来まして、津の国の御島に坐しき」とあります。
(注2)
県主:大和朝廷の職掌を示す姓(かばね)で、県主は忠誠度が高く王権の代権者と考えられています。
(注3)
式内社:延長5年(927)の「延喜式」に記載された神社。
「摂津国嶋下郡の三島鴨神社」と記載があります。
(注4)
摂津の国の三島郡:
豊嶋郡(現在の豊中、池田)
嶋下郡(現在の箕面、吹田、茨木、摂津)
嶋上郡(現在の高槻、島上町)



 


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