鴨神社 地鎮祭 初宮 七五三 安産 厄除ほか お問い合せ・神事何でもご相談:電話 072-692-2355 (北川宮司宅)  鴨神社所在地: 〒569-1146   大阪府高槻市赤大路町42-3  子安天満宮所在地: 〒569-1146   大阪府高槻市赤大路町11-12

鴨神社 大阪府高槻市
 2016.4.6更新
 平成28年春季大祭案内


地鎮祭 初宮 七五三 安産 厄除ほか
お問い合せ・神事何でもご相談:
TEL: 072-692-2355
(北川宮司宅)

鴨神社所在地:
〒569-1146
大阪府高槻市赤大路町42-3

子安天満宮所在地:
〒569-1146
大阪府高槻市赤大路町11-12
発掘調査の地質

鴨神社の南東に隣接するマンション建設に伴って平成12年に行われた発掘調査(注1)では、720年代の赤土の地層から柱か柵の跡が発掘されました。赤い土層でしたから赤大路の名前の由来に意昧があるのかもしれません。取手の付いた土器も出土しています。本殿は昭和43年に現在の鉄筋に建て替えたのですが、その時発掘調査しなかったのが残念です。
しかし、少なくとも奈良時代・720年以前の神社ということが証明されたことになります。
昔の赤大路の領域はかなり広く、東は富田に接し、北の「宮田」は鴨神社が支配する田で、鴨神社の「宮」の田と云われていました。また、古老の話によると茨木市東太田の新田地区は昔々は「赤大路新田」、つまり赤大路の領域だったのです。そして、茶臼山藍野陵がある茨木市太田近くには鴨族とゆかりの深い太田連がいましたが、この両勢力は京都においては上賀茂神社と太田神社との関係で、両神社が並び建っていることも興味深いことです。

さらに想像力を豊かにすれば、地図上で三嶋江の「三島鴨神社」と赤大路の「鴨神社」を結び、それを藤原鎌足(669年没)の墓と言われている「阿武山」と結び、さらにそれを延長すると朝鮮半島の「百済」へとつながるのも単なる偶然とは云えないものがあるのではないでしょうか。また阿武山は聖なる山で、その山麓に支配層が住み、総持寺の周辺に民衆が住んでいたと思われます。と言うのも、総持寺古墳群の周辺からは今でも地鎮祭の時、面白いように生活土器が出てくるからです。

(注1)
埋蔵文化センターの話では「柱状の穴は狭い範囲の調査のため、神社跡と特定はできないが時代は古く奈良時代」と言います。



 


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